「私の兄弟であるこの最も小さい者」
マタイ 25の31−40
以前、NHKの教育テレビがこんな番組を放映しました。
「ある農家で老夫婦が2歳過ぎの孫と一緒にテレビを見ていた。画面に飢餓に苦しんでいるアフリカの子供達が映った。目ばかりが大きく、お腹は膨れ、体は痩せ細ってまるで骸骨のように見えた。一緒に見ていた孫は驚いた面持ちで、じっと画面を見つめていた。祖母はその子に{坊や、あの子たちは食べるものが充分なくて、あんなに痩せてしまったのだよ}と言って聞かせた。すると孫はさっと、テレビの前に走りよって自分の持っていたクッキーをその子に食べさせようと一生懸命に画面に擦り付けた。それを見て祖父母はいたく感動して、涙さえ浮かべた。この老夫婦は幼い孫のけなげな態度に強く打たれて、{私達も何かしなければ}と話し合った。相談の結果、彼らの持っているとちの一部を抵当にして、相当額の金子を借りて、しかるべき方法で飢餓に苦しむアフリカの子供達のためにと、献金されたという事です」。
ただ今読まれた聖書はイエス様の言葉として、「神様の子であるこの最も小さな者の一人にしたのは、神様にしたことなのである」と語ります。つまり、神を信じ、神に従うのは取りも直さず、イエス様の言われる「最も小さな者」に尽くし、仕える事そのものなのです。
この譬えは「キリストを知らなかった人々は裁きの日に、どういう基準で裁かれるのであろうか」という疑問に対する、キリストの解答と見なす事が出来ます。そしてその解答は困っている人や、見捨てられた人に示した愛の行為による、というのです。神の前にはキリスト者であるか、仏教徒であるか、天理教徒であるか、無神論者であるかは問題ではない、とイエス様は仰るのです。神の前に最も大切なことは、いかにあなたがあなたの出会う最も小さな者を愛したか、が問題である、と言われるのです。そしてその愛を述べ伝える事が宗教の根本理念である、と言われているのです。
ここで「私の兄弟である最も小さい者」と訳されているギリシャ語の原語は慎ましいもの、取るに足らないように見える者、つまりハンディキャップを負った者を意味します。私達一人一人はその人生において、毎日の生活の中で、あらゆる種類のハンディキャップを背負った人々に出会う。そしてこのような人の痛みのごく一部でも共有し、愛を持ってその方々に仕える事が「神を愛する事であり、神に仕える事である」とイエス様は言われているのであります。他の言葉で申し上げれば、このような人々を通してイエス様は「隠れたメシア」すなわち「キリスト」として私達に出会っておられるのです。真に神を礼拝する事は、教会や神社やお寺にお参りすることではなく、社会に出て行きこれらの人に出会うことによって神に出会うことなのです。マザー・テレサは世間から見捨てられ、身も心もズタズタになって路上に倒れ伏し、死の直前の浮浪者の膿まみれの体を拭き、「あなたも、私達とと同じように、望まれてこの世に産まれて来た大切な人なのですよ」とマザーは語りかけながら、もう一度力をこめて手を握られました。マザーは「人間にとってもっとも悲しむべきことは、病気でも貧乏でもない、自分はこの世に不要な人間だ、と思い込むことだ。そしてまた、現世の最大の悪は、そういう人に対する愛が足りないことだ」と繰り返し、繰り返し言われました。
光田八千代姉妹を知り、最も親しい教会員の一人として接して、約15年が過ぎました。最初にお会いしたのは「やすらぎホーム」で寮生に対して手書きの大きな画用紙にに書かれた歌集で歌唱指導をなさっておられる、自らが喜びに満ちた姿でした。姉妹がどのような事から社会福祉に大きな足跡を残されに至ったかは存じません。その根底には「恵まれぬ人々に対するかぎりない愛」があった事は疑いのない事実です。クリスチャンだから愛の行為をしなければ、と言った義務感からではなく、精神障害児であろうと、老人であろうと、だれであろうと自分の小さな働きを必要としている、そのような人を見て、なにかをして上げたい、という自然に動かれたのが、その偉大な足跡であったと思います。光田先生に関しては皆様もご存知の多くの素晴らしいエピソードがあります。その一つをご紹介いたしましょう。「憩いの園」で奉仕されていたある日、ある婦人が寂しそうに「光田先生、久しくお経を聞いていないのです」と言われました。次ぎの訪問までに早速、八千代姉妹は「般若心経」を空で覚え、その婦人の部屋で線香を立て、「般若心経」を唱えられたら、その婦人は涙を流して喜ばれたそうです。
アメリカのあるイエズス会の会士が「一人一人の人生は、今、神が筆をとって書いておられる第五福音書である。その中のページを開いて祈ることは、福音書を開いて観想するのと同じ価値のあるものだ」と言いました。八千代姉妹の人生はまさしく、私達一人一人に残された「第五福音書」であると確信いたします。
フランスにメンタル・ハンディキャップを持ったために、排除されたり、受け入れられずに苦しむ人達と、共に歩む努力を重ねてこられれ、ラルシュ・コムニティの創始者として、世界的に有名なジャン・バニエさんと言う方がおられます。この方が言われた言葉ですが、光田先生の私達の遺言として残された言葉として、その言葉を持って本日の話を終わり終わりたいと思います。
「神様はこの世において、愚かな人、弱い人、貧しい人を選びました。神様のことを聞きたければ、神様が選択されたそういう人のところに行って聞きなさい。そういう人達が神様について教えてくれます。そういう人と話することが神様と話することです。現実的な援助はもちろん必要ですが、「痛み」の中にいる人と「友達」になって下さい」
「全能の神様、あなたはみかたちに似せて人を造り、み子イエス・キリストを人としてこの世に生まれさせ、その救いと模範により、皆ともに神の子として、まことの愛の交わりに生きる道を与えてくださいました。ことに光田八千代姉妹を通してその交わりが豊かにされたことを感謝いたします。どうか、わたしたちの信仰と希望をますます強くし、終わりの日に光田八千代姉妹とともに、み国の永遠の喜びにあずからしめて下さい。主イエス・キリストによってお願いいたします。アーメン。
(追悼 礼拝 99・8・22 伊東)