「日本就労者」
「先生、もう今の仕事がだめなので、自分だけ日本に就労に出かけることにしました」。つい先日,今年初めての礼拝の前、もうすぐ60歳になるM兄弟から話があった。来月には彼とやはり五十台の御夫婦T兄弟とF姉妹、計3人の教会員が、日本で就労する為訪日される。またまた寂しくなる。特にF姉妹は会計として、またバザー委員として、開拓伝道開始以来17年、牧師の右腕としていつも大奮闘して頂いていたので、牧師としてのショックも大きい。婦人会長はもうバザーをやる自信がない、と少々オバーにそのショックを表現した。
約10人の教会員が日本で就労されていたが、歳で3人の方は帰ってこられたので喜んでいたら、またまた主要メンバー3人を日本に送り出すことになる。現在受聖餐者が100名を切り、日曜礼拝が40―50人の小教会で、約半数を占める高齢者を除き、実際にバザーなどで当てに出来る人は10人ぐらいである。この内、主要メンバー3人が欠けるのであるからやはり私達教会には大変なことである。
最近NYの教会関係のさる方から頂いたクリスマス・カードにも、毎年毎年親しく交わった人が5人も6人も転勤で日本に帰国される、と記されていたが、その寂しさもきっと同じようなものであろうと思った。牧師としてあれこれ35年、いろんな状況にも出会ってきたが、一番心が痛み、やるせない思いに囚われるの
は、教会員の財政的な諸問題である。ファンクション上、否応なしに信徒のかなりこまかい財政状態をも知ってしまう。しかも知ってもどうすることも出来ない空しさは慣れきることが出来ない。また、一人一人の信徒の財政的な困難さを知っているだけに、毎月、牧師給を受け取るとき、後ろめたい気がしてならない。このジレンマを知っていれば「召命感」という言葉をそんなに安易に自分で受け入れられなかったはずだと、つぶやく今日この頃である。
3人とも日本は初めての日系ブラジル人で、言葉も文化も異なる異国の寒空で、信仰を失わず、健康に恵まれて就労され、目的を果たされた後、元気に帰伯される日を祈って待ち望みたい。合掌。
サンパウロ ひろし