<サンパウロ通信>
 20001年7月



ajisai_100.jpg (4482 バイト)  「マズア偕子さんと日系養老院」

   


「偕子さんがご主人のマズアさんに同行してサンパウロに来月行かれるので、日系養老院慰問をサジェストしたら、本人も乗り気ですので、いかがでしょうか」とNYのMJMの景山さんよりメールを頂いた。MJMからは定期的に中古衣類を送って頂き、バザーで販売し、その利益で車椅子などを購入し施設に寄付している。「憩の園」は日系最大の養老院で、私たちの教会も定期的にボランティアや寄付で係わっている施設であるので大喜びで準備にかかった。なにしろ世界的な指揮者の奥さんである上、本人も音楽家としてリサイタルなどで活躍されているので、携帯電話で連絡し合い、最終的にはアルゼンチンから掛けて頂いた国際電話でリサイタルが確定した。

同園には日本の演歌歌手などがサンパウロ公演の合間に慰問される事はあるが、本格的なソプラノ歌手が訪問し、老人達にとって懐かしい日本の歌を歌ってくださるのは、もちろん初めてであろう。

リサイタルの7月13日は暖冬転じて寒い冬の日であった。当日の夜はご主人が「サンパウロ州交響楽団」を指揮されるので、当日もお昼過ぎまで厳しい演奏練習が続けられ、その僅かな合間を縫って偕子さんはご主人のKurt Masurさんと「憩の園」に駆けつけてくださった。

急な寒さで次々に亡くなられる方が続出して、沈みがちの同園に偕子さんの本当に暖かい美しい日本の歌が流れた。最後には入園者とともに「故郷」や「赤とんぼ」などを一緒に合唱された。リサイタルの前に偕子さんはドイツでの生活も長かったという紹介があったので、アンコールの時、ある入園者が「自分はドイツ語の歌を聴いたことが無い。冥土への土産に是非ドイツの歌を聴きたい」との要望に答えてドイツ民謡を2曲歌われた。

その後、用意されたお茶も飲む暇もなく、ご夫妻はとんぼ返りで練習の為、サンパウロに向かわれた。

その後にも同園には、偕子さんが日本の歌を通じて同園に残された暖かい心と開拓の老戦士たちへの愛の余韻が漂っていた。

(マズア偕子さんは桜井亨司祭のお嬢さんで、NY聖公会のMJMの会員)

「憩の園」のHP
 http://www.anglicanasc.org/SantaCruz/koinosono.htm


The Revd.Canon Hiroshi Ito
Rua dos Buritis,703, 04321-002
Sao Paulo,SP.,Brazil

 
    

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