<サンパウロ通信>
 2002年3月号


「日系人教会の将来」
   

ブラジルに聖公会が到来して、110年近くなるが、米国ミッシオンは当初よりドイツ人移住者の多い南部ブラジルを重点的宣教地に指定し、宣教師、会堂建設への援助、学校施設の設立と援助をなした。これに比してサンパウロやリオ、北伯は英国教会のchaplaincyを除いて(ブラジルで19世紀初めに、ローマ教会以外の宗派で最初に存在が認められたのは聖公会)ブラジル人伝道への戦略的位置づけがなかったため、他教派に比べて著しく出遅れて、その出遅れを背負ったまま現在に至っている。(余談になるが聖公会の歴史では極めて異例な事ながら、ブラジルでは約40年前まで、同じブラジルに英国聖公会直属のChaplaincyとブラジル聖公会が並存し、ブラジル聖公会主教とカンタベリー直轄の英人主教によって同じ地区が管轄されていた。)
   
この為、人口一千万人近いサンパウロ市内には現在聖公会の教会は6教会しかなく、しかも3つが日系人教会で、他の一つも英国人会衆である。したがって、東京教区の聖アンドレ教会に隣接した英語会衆「聖オルバン教会」のような言語的に特殊教会でのみあることは許されていず、パーリッシュとしての地域教会としての存在を求められている。
     
しかし、現実には日系教会でもポルトガル語による礼拝が中心となって入るが、現実には会衆の8−9割は日系人であり、日系人でないブラジル人には、外国人教会の中に入った気がすることも事実らしい。
   
ブラジル化は言うはやすしであるが、日系教会にとってのブラジル化はかなりしんどい作業で、しかも遅々として進まない焦りも感じる。
   
私が現在仕える教会にしても、開拓伝道より今月で17年。やっと会衆の2割が非日系人である。この10年近くはポルトガル語礼拝はブラジル人聖職が担当していて、この有様である。やはり言葉の問題ではなく、日系人が大多数で、日本語が飛び交い、お昼にはお漬物が出てくる文化の相違が、ブラジル人にアットホームに感じさせない理由かもしれない。
   
サンパウロ市内の聖公会の英国人教会は英語礼拝が日曜朝で、ポルトガル語礼拝が夕方で、それぞれ同じ教会の中にあまり繋がりのない二つの会衆が共存している感じもしている。これしか解決がないのかな、とも思うが一つの教会の中に二つの異なった会衆が存在するのではなく、教会として一体感のある姿を追い求めてきたが、それは最初から無理な注文であったのかと思料する今日この頃である。
    

サンパウロ 伊東

 



   

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