<サンパウロ通信>
 2001年11月


 

「86歳の婦人の洗礼」

私たちの会館は、日本語礼拝用の第二礼拝堂を兼ねている。あまり大きな会館ではないので、礼拝堂の椅子を片付け、テーブルを置くと40−50人も入れば満席となり、若い人たちは外に追い出される。その日の会館のテーブルには、太巻き、細巻き、稲荷、赤飯、混ぜご飯、チラシ、お握り、ビーフン、おでん、胡瓜と若布の酢もの、饅頭、それにブラジル料理の数々が並んだ。日本料理は殆どが二世のご婦人方が作られたが、日本の食文化は二世にも三世にもしっかり根付いている。したがって、教会でもどこでも日系人の祝宴があれば、日本食が巾をきかしている。

サンパウロであれば、日本食の素材には事欠かない。近くの日本食品店でなんでも手に入る。輸入品で値段は張るが「子持ちシシャモ」でも「鰻の真空パック」でもなんでも手に入る。つい最近まで豆腐屋さんが小型トラックで毎週家に届けてくれ、おまけにオカラをただで呉れた(この人たちは日本に出稼ぎに行かれ、最近は豆腐屋さんが家を回って売ることは少なくなった)。
  
教会員の1/4は純粋なブラジル人であるが、慣れたもので器用に箸を使って食べておられる。日本語とポルトガル語が交叉しているが、その事の違和感は全くない。海外の日系教会の一般的な姿であろう。もちろん交叉する言葉は、国によって異なるであろうが。日系教会も幕引きが迫ったと言われて久しいが、ドッコイしぶとく生き残っている。もちろん、それも時間の問題ではある事は間違いないが。

11月の第一日曜日のその日には4人の老婦人が洗礼を受けられた。全て一世の高齢者で最高は86歳のご婦人であった。全員が寡婦で最も若い方が80歳であった。それぞれ4−5年前から教会に通い始められた。この4人の内、3人のご婦人のご主人のお葬式を司式したことが、教会に来られる切っ掛けであった。カトリック教国であるので、子供が生まれると、大抵の移住者はカトリックで子供に洗礼を授けるが、両親は家の宗教である仏教からキリスト教に改宗するのはそれなりに、なにかの切っ掛けがないと難しい。

しかし、歳を重ねるに従い、自分の葬式を誰にやってもらうか、が心配になられるものらしい。もちろん、サンパウロには各宗派の仏教寺院もあらゆる新興宗教の寺院もあるが、これらの宗教の信者はともかく、いわゆる無宗教の日本人には葬式を誰に頼むかが、心配事になるらしい。ましてや、ブラジル人と交友が多い人ほど、その心配は増すらしい。

そんなことも潜在意識にあるのではないかと憶測はしている事もあって、私からは洗礼はこれまで強いて勧めなかった。洗礼をお受けにならなくてもお葬式は喜んで致します、と日頃これらの婦人たちに言っていたにも拘らず、4人の方々自分から洗礼を受けたい、と言って頂いたときは正直、感動した。そして、11月の第三日曜日、他の一人の高齢者を加えて、5人の堅信礼志願者を主教の前に紹介したが、後で13年の主教職を通して、このような高齢者に堅信礼を授けたのは初めてだ、と喜ばれた。幕引き近い日本語礼拝に一時的ではあろうが、花が咲いた大きな喜びが満ち満ちた。感謝。合掌。
  
サンパウロ 伊東

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